交通事故で怪我をした部位に、実は事故以前から疾患を抱えていたような場合、交通事故と、もともと被害者のもっていた疾患がともに原因となって、損害が発生したのではないかと思われるケースが、しばしばあります。このようなケースについて問題になる、素因減額について、今回のコラムでは説明させていただきます。
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1 素因減額
被害者が、事故以前から持っていた心や体に関する特別な事情を素因といいます。素因には、2種類あります。1つは、被害者の精神的傾向である「心因的要因」です。もう1つは、既往の疾患や身体的特徴などの「体質的・身体的素因」です。当該素因が影響している範囲で加害者に負わせる損害額を減額することを素因減額といいます。
2 心因的素因について
被害者の性格等が原因で、損害が拡大したといえるような事案では、心因的素因の減額がなされる場合があります。
最高裁昭和63年4月21日(民集42・4・243)では、事故によりむちうち症(外傷性頭頸部症候群)となった被害者が、10年以上の入通院を継続した事案について、被害者の特異な性格や、回復への自発的意欲の欠如等があいまつて、適切さを欠く治療を継続させた結果、症状の悪化とその固定化を招いたと考えられるとして、事故後3年間を経過した日までに生じた損害の4割の限度に減額しました。
3 体質的・身体的素因について
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素因にあたるかどうか
体質的・身体的素因にあたるがどうかは、その問題となっている身体的な特徴や症状が、「疾患」に該当しているかどうかで判断されます。最高裁平成8年10月29日(民集50・9・2474)は、首が長くこれに伴う多少の頸椎不安症がある被害者について、「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない」として、素因減額を否定しました。
このため、年齢相応の身体状態については、素因減額をされないのが原則です。例えば、60代の女性が大腿骨の骨折をした事案で、被害者に同年代の女性相応の骨密度低下傾向が認められたとしても、骨粗しょう症と評価されるほどのものではないとして減額が否定された例があります(大阪地判平15・2・20 交民36・1・225)。
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疾患に該当した場合
疾患に該当するような体質的・身体的素因があり、それが損害の発生・拡大に影響しているといえる場合には、素因減額がなされます。逆にいえば、仮に事故前に疾患に該当する症状があった(既往症があった)としても、その疾患の具体的症状の内容や、事故態様や事故の衝撃の強さからして、当該疾患がなかったとしても当該損害が発生していたと言える場合(素因が損害の発生・拡大に影響していないか、影響が相当軽微である)といえる場合には、素因減額がなされない場合もあります。
4 素因減額がなされる場合
素因減額がなされるとして、素因がどの程度損害の発生・拡大に影響しているのかの割合は、個別具体的事案ごとに判断されます。事故以前の心身の状態について明らかにするため、通院していた病院からカルテや診断書などを取り寄せたり、医師の意見を聞いたりする必要があり、時間がかかることが多いです。裁判になると、原告被告それぞれが医学的資料をもとに主張反論を行い、長期間争われることもあります。
5 まとめ
以上の通り、素因減額は医学的な問題が伴うため、とても専門的です。また、素因減額が認められてしまうと、賠償額が大きく減ってしまう可能性もあります。このように、素因減額の有無は非常に重要なのですが、被害者の方は素因減額のことなど頭にないまま治療がかなり進んでしまった状態や、治療が終了していざ示談の話を進める段階になって初めて、相手方から主張がされることもあるのが、厄介なところです。そのため、事故にあった部位を過去に負傷したことがあるような方は、なるべく事後後早い段階で、弁護士にご相談いただきたいと思います。早めにご相談いただくことで、後で素因減額の主張がされた場合に備えて、例えば治療費を健康保険適用としておき全体の損額額を抑えておく等の対応がとれますので、なるべく事故後早い段階でのご相談をお待ちしております。